本当に欲しいものはお金では買えない

毒親育ち

大人になって働くようになり、お金は私に自由をくれた。

一人暮らしもできたし、好きなものも買えるようになった。

子どもの頃と比べて、欲しいと思ったものは、よほど高いものではない限り買えるようになったし、行きたいと思った場所へも、自分の意思で行けるようになった。

子どもの頃は、「お金さえあればなんでも手に入る、幸せになれる」と思っていた。

欲しいものを買えて、行きたい場所へ行けるようになれば、心も満たされると思っていた。

だけど、自由に使えるお金を持てたからこそ気づけた。

どれだけお金を使っても、埋まらないものがあることに。

行きたいと思った場所へ出かけるとき、「一緒に行きたい」と思える人。

「一緒に行こう」と言ってくれる人。

私が、時間やお金を使いたいと思える人。

そして、私のために時間やお金を使いたいと思ってくれる人。

そんな友達やパートナー、家族。

何気ない日々を一緒に過ごしたり。

他愛もない会話をしたり。

何もしない時間を、一緒に過ごしたり。

理由もなく、集まったり。

「今から会おう」と気軽に言えたり、言ってくれたり。

そして、「いいよ」と会いに来てくれたり、会いに行ったり。

嬉しいことがあったとき、一番に伝えたいと思える人。

そして、その人も嬉しいことがあったとき、一番に私へ伝えたいと思ってくれること。

悲しいことがあったとき、一番に頼りたいと思える人。

そして、その人もそんなときに私を頼ってくれること。

つらいことがあったとき、何も言わずに隣でいてくれる人。

そして、私もその人がつらいときには、何も言わずに隣にいたい。

私が、大切にしたいと思う人。

そして、私のことを大切に思ってくれる人。

一方通行じゃなく、お互いに「会いたい」「話したい」「支えたい」と思い合える関係。

安心して過ごせる場所。安心して過ごせる時間。

条件なんてなくて、「いてくれてよかった」と思い合える関係。

条件を満たしたから愛されるんじゃない。

何かができるから認められるんじゃない。

ただ、そこにいるだけで大切にされる安心感。

私は、条件なしに愛したい。

そして、条件なしに愛されたい。

私が本当に欲しかったのは、お金じゃない。

愛。

愛だった。

自由に使えるお金を持てたからこそ、自分の心にぽっかりと空いた穴に気づくことができた。

私が本当に欲しかったものは、お金では買えないものだった。

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