わたしは2人姉弟の姉。下に弟がいる。
「お姉ちゃんやから我慢しなさい」
ぱぱとままは、口を開けばこの言葉。
「お姉ちゃんやから我慢しなさい」
「お姉ちゃんやろ」
「お姉ちゃんなんやから」
なんかあっても、言われることはいつもこれ。
弟が悪くても、怒られるのはいつもわたし。
弟は怒られへん。むしろ笑って許されてた。
「まだ小さいから」
「弟やねんから」
「男の子やし」
そんな事を理由に許される。
弟は、言葉や態度で大切にされている。
わたしにはそれが全然ない。
「可愛い」なんて言われた記憶がない。
優しく抱きしめられた記憶も、甘やかされた記憶も全然ない。
弟だけが可愛がられて大切にされているのは、子どもながらに見ててわかっていた。
でも、“ぱぱとままから可愛がられず大切にされてない自分”を認めたくなかったから
その現実から目をそむけていた。
好きでお姉ちゃんに生まれたわけじゃないし、
「お姉ちゃんやから」とか訳わからん理由で、なんでもかんでも我慢したくなかった。
弟の存在が憎く感じ始めた高校生時代
高校生になったわたしは、中学生の弟の存在が邪魔に感じていた。
ぱぱとままは弟の部活の話をよく聞いてた。
「今日はどうやった~?」
「試合どうやった~?」
大会がある日は、応援にもよく行っていた。
部活に必要な物品も、積極的に買ってあげてた。
そんな光景を見ていると、どうしても思い出してしまうことがあった。
わたしが中学生で部活をしていた頃のこと。
新しいシューズが欲しくて、「新しいシューズ買ってほしい」とお願いすると、
「まだ奇麗やん」 「買う必要ないやろ」
そう言われて、結局買ってもらえなかった。
買ってくれるとしても、ほんまに必要最低限のものだけ。
部活の話を聞かれることもあんまりなくて、
「今日どうやった~?」なんて聞かれた記憶もあまりない。
大会も、ぱぱとままは来やんかった。
まあ、わたしが「来やんといて」って言うてたのもある。
思春期で恥ずかしかったし。笑
でもほんまの理由は別のところにあった。
普段から応援してくれてないくせに、大会のときだけ見に来られるのが嫌やった。
部活の話も聞かへん。興味もなさそう。
そんな人たちに、大事な大会だけ見られるのが嫌やった。
やから「来やんといて」って言うてた。
でも、ほんまはちょっとぐらい気にかけてほしかったし、大会の応援も来てほしかったな~って今となっては思う。
「弟がおらんかったら、わたしも可愛がられてたんかな?」って考えることもあった。
まだ高校生だったわたしは感情を上手く整理できずに苦しかったけど、
今思えば、弟の存在を本気で憎んでるわけじゃなくて、
寂しさと嫉妬が混ざった複雑な感情やったんやな~って思う。
大人になった今振り返れば、
この気持ちもわたしの大事な経験のひとつとして受け入れられてる気がする。


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